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【書名について】
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| Q1、まず「玉勝間」の読み方を教えてください |
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A
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「たまがつま」と読んで下さい。草稿本の内題には、宣長の自筆で「玉賀都万」とあり、また、巻一巻頭歌にも「言草のすゞろにたまる玉がつまつみてこゝろを野べのすさびに」とあります。本来、この言葉は、玉と言う美称と、かつま(密に編んだ篭)が結合して出来た語で、それが連濁で「たまがつま」となったのです。 |
| Q2、「玉勝間」というのは美しい籠という意味ですか? |
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A
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そうです。宣長の歌をもう一度よく読んでみて下さい。言草(ことば)が、すずろに(思いがけなく)たまったので、美しい籠に摘もう。そうすれば、自分の心を述べ(野べ)ることができるし、野原での遊びとなる、気分転換となるだろうと言うのです。若い頃からの読書や考察を怠らなかった宣長が、気付いたことや棄てるに忍びないこと野辺の草にたとえて随筆という形でまとめたのです。 |
| Q3、どうして籠なのですか。箱ではだめなのですか。 |
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A
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先ほどの歌に野が出るのは、この本の清書を始めた寛政5年(1793)1月18日が子ノ日だったからです。昔、宮中では、正月子ノ日には、野に出て若菜を摘む習慣がありました。美しい籠と正月子ノ日、この連想から命名されたのです。だから各巻には「初若菜」「桜の落葉」など植物に因む名前が付きます。 |
| Q4、宣長の書いた本の書名には「玉」がよくついていますね。 |
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A
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『草庵集玉箒』『続草庵集玉箒』『万葉集玉の小琴』『玉くしげ』『玉くしげ別巻』『玉あられ』『源氏物語玉の小櫛』『玉鉾百首』『詞の玉緒』『玉椿』、ざっとこれだけあります。一番最初に「玉」がついたのは、39歳の時に刊行した『草庵集玉箒』かもしれませんが、断定はできません。34歳で書いた『紫文要領』がその後に『源氏物語玉の小琴』と改められ、更に『源氏物語玉の小櫛』となりました。その改題時期が不明なので、「玉箒」が最初とは明言できません。 |