今回の展示をごらんいただくために

( ) 付数字はケース番号です。


〈2〉 京都に行く 契沖の学問との出会い  
 いろいろありました。万策尽きてしまった母は、医者はどうだいと宣長に勧めます。あこがれの京都に行ける、商売をしなくてもよい、宣長は喜んで母の指示に従います。そして上京し、堀景山のもとでまず儒学の勉強から開始します。23歳の時です。

 上京してまもなくの頃、宣長は契沖(ケイチュウ)の『百人一首改観抄』(13)と言う本を読みます。そこにはこれまで自分が思っていたのとは全く違う学問の世界がありました。

「契沖ノ説ハ證拠ナキコトヲイハズ、他ノ説ハ多クハ證拠ナシ」
                    『百人一首改観抄』宣長書入

 証拠を挙げて論証していく方法。この魅力に宣長は取り付かれました。
契沖の方法を習って、和歌とは何か論じたのが『排蘆小船』(アシワケオブネ)(11)です。

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