本居大平資料が寄贈されました


2012年7月1日、間宮正文様(伊勢市)より、
本居大平資料3点をご寄贈いただきました。

これらの資料は、高名な郷土史家、故 間宮忠夫先生の愛蔵品です。
間宮忠夫先生は、地元伊勢市での功績も顕著ですが、
実は、松阪市史編さんの牽引役でもあり、
文化財保護委員長も務めていただきました。
本居宣長記念館の蔵書目録編さんにも多大のご貢献をいただいたことなども忘れることが出来ません。
深い学識と、聞く者を魅了するていねいな語り口、なにより温厚なお人柄が今も懐かしく思い出されます。

さて今回、ご子息から寄贈いただいた資料は、次の3点です。
1,「玉津島図」 本居大平賛 紙本淡彩  1幅 (桐箱)
2,「本居大平懐紙」 神楽        1幅 (紙箱)
3,「本末歌」 本居宣長詠・大平筆 安田広治箱書 (桐箱)      
                             
いずれも見所有る、いかにも間宮忠夫先生らしい選択の作品です。

まず、「玉津島図」は、或いは大平の席画ではないかと思わせる、淡彩の玉津島風景と長歌です。
玉津島が万葉以来の故地であることを詠んだ長歌に、反歌一首が添えられます。
歌には出てきませんが、玉津島は大平にとって師・宣長との思い出の地です。
絵を眺めていると、珍しい石を探す宣長や、大平、また高松房雄等門人の楽しげな会話が聞こえてきそうです。

>> 玉津島神社


二つめの懐紙は「神楽」の題で、歌は、

「七緒の八緒の琴をかきひきて神の御前にあそふ宮人」

歌もまた筆跡も大平らしいですね。
また歌には、「七緒の八緒の琴」と、
「東遊」の一節を詠み込まれていて、
「神楽歌」研究者であった作者を偲ばせます。

三つめの「本末歌」は、宣長の三女能登のご主人でもあった安田広治の旧蔵品です。
歌は宣長の作で、題の通り、「本末」を峻別せよと云う、宣長学の一番重要な考え方(判断基準)を示した長歌です。
宣長自身も、多くの門人に書いてあげましたが、大平もまた、師亡き後は代筆をしています。
末には、大平自身が執筆の経緯を記しています。

 「此二歌は廣治主の大平に書てよといひおこされたれは
   かきたるなり 此次に詠て添ける歌    大平
   古の本つ提夫利(てぶり)に読なして末の代遠くさとしおく歌
   本つ祖の高き教と此歌を見つゝしぬはのうみの子の末
 文政十二年五月謹書」

大平74歳の時です。
とても不思議なことに同じ時に同じ安田広治の求めによって書かれた「本末歌」が記念館には収蔵(小津茂右衛門コレクション)されます。
では、二つの関係は、いかが。
その謎解きは、今度この間宮正文氏寄贈資料を展示したときのお楽しみです。
また箱書には表装した時が記されます。
  「故鈴屋翁詠本末歌 藤垣内翁筆
  (裏) 天保元年庚寅冬?荘 安田廣治」

寄贈いただいた資料は、秋の展示から順次公開していく予定です。
大平の篤実な人柄、私には間宮忠夫先生のお人柄と重なってしまいますが、ぜひ資料を見て偲んでください。
なぜ、宣長は「大平」を後継者に選んだか。
よくおわかりいただけるはずです。

写真は「玉津島図」と「神楽」です。

玉津島図

「玉津島図」


神楽

「神楽」

 

2012.8.2