今回の掲載論文、資料紹介は、いずれも宣長研究の一番大きな問題に意欲的に取り組んだものです。
尾崎氏の論文は、宣長がなぜ『古事記』研究を志したのかを、賀茂真淵の『冠辞考』との関わりの中で解き明かします。
『冠辞考』のどこを宣長は「あまりにこととほく、あやしきやうにおぼえた」 のか。
反覆味読の結果、「つひにいにしへぶりのこゝろことばの、まことに然ることをさと」ったという「然ること」とは何かを、ていねいに論じています。
上杉氏の論文は、春庭の写本、地図の書写活動の分析です。宣長と春庭の親子関係は、学問継承という面からも重要な問題ですが、本稿では、宣長の教育指導の実際と、その中で芽生えてくる春庭の主体性にまで論究されます。
中澤氏の論文は、享和元年宣長のもとを訪れた竹村尚規の紀行『盛の花の日記』が、大平等の添削を経て刊行される過程を追います。
小川氏は、寛政10年12月11日付宣長書簡の紹介です。この書簡の発見により、宣長門人ではないかと言われていた藤木田左市が、実は大館高門であることが証明され、また高門の医業従事時期の上限が遡ることになりました。
「恵勝法尼中陰諸事録」は、宣長の母の葬送記録です。母の死に関する宣長の自筆資料として、また当時の松坂の様子を知ることの出来る一級資料です。
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