『伊勢文学』第7号掲載 竹内浩三作品

「今夜はまた・・・・・」「南からの種子」「夜どほし風がふいてゐた」


今夜はまた・・・・・・

             竹 内 浩 三

今夜はまたなんと云ふ寒さであらうと
寝床の中で風をきいてゐた
窓が白んできたから
もうラツパがなるであらうと
氣が氣でなかつた
アカツキバカリウキモノハ
アカツキバカリウキモノハ
アカツキバカリウキモノハ
ぶつぶつ不平たらしくつぶやいてゐた
アカツキバカリ
ラツパがなつた
口や手や足から
白い息がちぎれとんだ
舎前に整列してゐると
弱々しい太陽が
雲を染めながら出て来た
雲のあちらの山には
雪がまつ白であつた

 

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南からの種子

             竹 内 浩 三


南から帰つた兵隊が
おれたちの班に入つてきた
マラリヤがなほるまでゐるのださうな
大切にもつてきたのであらう
小さい木綿袋に
見たこともないいろんな木の種子
おれたちは煖炉に集つて
その種子を手にして説明を俟つた
これがマンゴウの種子
樟のやうな大木に
まつ赤な大きな實がなると云ふ
これがドリアンの種子
ああこのうまさと云つたら
氣も狂はんばかりだと
手をふるはし身もだへさへして
語る南の國の果実
おれたち初年兵は
この石ころみたいな種子をにぎつて
きえかかつた煖炉のそばで
吹雪をきいてゐる

 

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夜どほし風がふいてゐた

             竹 内 浩 三


上衣のボタンもかけずに
厠へつつ走つて行つた
厠のまん中に
くさつたリンゴみたいな電燈が
一つ夜どほしふるえてゐた

まつ黒な兵舎の中では
兵隊たちが
あたまから毛布をかむつて
夢もみずにねむつてゐるのだ
中には寒くてねむれず
くらやみの中で
まじめくさつた目をみひらいてゐるやつも
ゐるのだ

東の方が白んできて
細い月がのぼつてゐた
風に夜どほしみがかれた星は
だんだん小さくなつて
光をうしなつてゆく

たちどまつて空をあほいで
寒いけれどもこうしてゐて
空からなにか来さうな気で
まつてたけれども
なんにもくるはずもなく
まもなく起床ラツパとともに朝がくるであ
らうと
かたい寝台にもぐりこんだ
            (1943.1.3)

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2007.1.21