『古事記伝』44巻を書き終えたのは、寛政10年(1798)6月13日(新暦7月26日)。賀茂真淵と新上屋で会して『古事記』研究の志を打ち明けてから36年目、『古事記』校合という基礎作業から数えても35年の歳月を費やした、文字通り畢生の大著である。
命ある内に全巻終業できたことを宣長は喜び、神への感謝を新たにした。
6月17日の荒木田久老宛書簡で「私古事記伝も、当月十三日全部四十四巻卒業、草稿本書立申候、明和四年より書はじめ三十二年にして終申候」と喜びを伝える。
九月十三夜、宣長は観月会を開き全巻終業の祝賀歌会を開催した。
写真はその時の宣長の詠。
「寛政十年九月十三夜古事記伝かき終へぬるよろこびの円居して披書視古といふことを題にて人々とゝもによめる
古事の記をらよめばいにしへのてぶりことゝひきゝみるごとし」
歌の意味は『玉鉾百首』で
「上つ代のかたちよく見よいそのかみ古事ぶみはまそみのかがみ」
と詠んだのと同じ『古事記』(コジキ・フルコトブミ)礼賛歌。「をら」は、「等(ラ)はかるく助辞の如心得べし」(『万葉考』)。
「古事記伝終業慶賀の詠」
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「書簡」
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「懐紙の書き方」
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